台湾の元デジタル担当大臣オードリー・タン氏は、新型コロナウイルスのパンデミック初期において、全国民にマスクを公平に配布するシステムをわずか3日で構築したといいます。その背景には、次のような具体的な取り組みがありました。
台湾のマスクマップアプリ
1. 「マスク配布システム」の基本構想
パンデミック初期、マスクの需要が急増した中で、公平な分配と透明性を確保する必要がありました。タンさんはデジタル担当大臣として、デジタルツールを活用して効率的かつ公平にマスクを分配するシステムを作りました。このシステムは、技術力の高い民間の協力と政府の迅速な決断で構築されました。
2. マスク配布システムの仕組み
- 全国保険証システム(NHI)の活用
台湾では、国民健康保険証(NHIカード)が全国民に配布されており、これを活用することでマスク購入者の個人確認ができるようにしました。各薬局や医療機関でNHIカードを提示すると、一定数のマスクを購入できる仕組みを整えました。
- 購入制限ルール
一人当たりの購入可能なマスク枚数を週ごとに制限(例えば、成人は7日で3枚、子どもは5枚など)することで、マスクが不足しないようにしました。
3. 透明性を確保するための「マスクマップ」
タンさんはg0v(ゴブゼロ)という台湾のオープンソースコミュニティと連携し、薬局や医療機関でのマスク在庫状況をリアルタイムで表示する「マスクマップ」を開発しました。この仕組みにより、市民は近隣の薬局の在庫状況をオンラインで確認し、無駄足を避けることができました。
- APIの公開
政府は在庫情報をAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)として公開し、民間のデベロッパーが独自に便利なアプリやシステムを開発できるようにしました。
- 参加型デザイン
市民からのフィードバックを基に、システムを迅速に改善する「参加型デザイン」のアプローチを採用しました。これにより、より使いやすいシステムが短期間で完成しました。
4. 迅速な対応のカギ
- 政府と民間の連携
台湾では、政府と民間の技術者が一丸となり、オープンなコミュニケーションを行いながらプロジェクトを進めました。
- 透明性と信頼の確保
データの公開や透明性を重視することで、市民の信頼を得て、システムを円滑に運用できました。
- 短期間の開発
このシステムは、わずか72時間で設計・実装されました。タンさんのリーダーシップの下、プロジェクトは夜通しで進められました。
5. 結果
このシステムにより、マスク不足の中でも公平な分配が実現し、市民は安心して必要なマスクを手に入れることができました。さらに、リアルタイムの在庫情報が透明性を高め、システムの信頼性を高める結果につながりました。
オードリー・タンさんの「オープンデータ」と「協働」に基づくこの取り組みは、世界的にも高く評価され、台湾がパンデミックに効果的に対応した一例として紹介されています。
台湾と日本のマスク政策の比較
台湾でこのようなスピーディで公平なマスク配布ができた一方で、日本のマスク政策はどうだったでしょうか。
1. 初期対応の違い
台湾
- 迅速なマスク配布システムの導入
台湾では早い段階でマスクの輸出を禁止し、国内で生産されたマスクを政府が一括管理しました。その上で、国民健康保険(NHI)カードを活用した「マスク配布システム」を導入し、マスクが公平に行き渡る仕組みをわずか3日で構築しました。
- 透明性とリアルタイムの在庫確認
「マスクマップ」を公開し、市民がどの薬局にマスクがあるのかリアルタイムで確認できるようにしました。これにより、不必要な行列や買い占めが抑えられました。
日本
- 市場への対応の遅れ
日本では、感染拡大初期にマスクの買い占めや価格高騰が発生しました。しかし、政府が具体的な対応を取るまで時間がかかり、不足状況が長引きました。
- 「アベノマスク」の配布
日本政府は全国民に布製マスク2枚を配布する政策を実施しました(通称「アベノマスク」)。ただし、配布の遅延や使い勝手の悪さが批判を呼び、多くの人が市場でマスクを購入する状況が続きました。
2. 生産体制の違い
台湾
- 国内生産体制の拡充
台湾政府は早い段階で生産設備を増設し、国内でのマスク製造能力を大幅に強化しました。軍を動員して生産ラインを確保し、日々の生産量を迅速に増やしました。
日本
- 輸入依存の課題
日本はマスクの多くを中国などから輸入していたため、輸入国の生産や輸送に支障が出た際に供給不足が深刻化しました。国内生産も増加しましたが、即効性はなく、対応が後手に回る形となりました。
3. 政策と市民の反応
台湾
- 公平性への信頼
台湾のマスク配布システムは透明性が高く、市民は公平にマスクが行き渡ることへの信頼感を持ちました。また、オープンデータを活用した市民参加型のアプローチが社会の協力を引き出しました。
日本
- 混乱と不満
日本では「アベノマスク」に対する批判が多く、効果的な政策とは見なされませんでした。また、初期段階の買い占めや価格高騰、供給不足が市民の不安を助長しました。
4. その後の展開と在庫問題
台湾
- 需要と供給のバランス調整
マスク配布システムが機能し、需要が落ち着いた後は市民が容易にマスクを購入できるようになりました。また、過剰な在庫を防ぐため、マスク輸出を段階的に再開し、海外支援にも活用しました。
日本
- 過剰在庫の発生
コロナ禍の終盤には国内でも生産体制が整い、マスクの供給が潤沢になった結果、大量の在庫が余る事態になりました。例えば「アベノマスク」については、約8200万枚が倉庫に保管され、最終的に廃棄されることが決まりました。この対応には数十億円ものコストがかかったとされています。
5. 教訓と学び
台湾の成功の要因
- 透明性と公平性を確保する仕組みを迅速に構築。
- デジタル技術と市民参加を活用し、問題を効率的に解決。
日本の課題
- 初期対応の遅れや、実効性に乏しい政策の影響で混乱が拡大。
- 長期的な視点を欠いた政策が、最終的に多額のコストを生む結果に。
まとめ:台湾の成功事例から日本が学ぶべき教訓
台湾のマスク配布政策は、デジタル技術を活用し、市民の協力を得ながら、迅速かつ公平な分配を実現した成功事例として世界的に注目されています。特に、わずか3日という短期間で構築されたシステムは、政府と民間、さらには市民の連携による効率的な協業の結果であり、透明性と信頼性を確保する仕組みが構築された点が評価されています。
一方、日本では、初動の遅れや、市場への依存、施策実行の高コスト体質が課題として浮き彫りになりました。「アベノマスク」に象徴されるような中央集権的で一方向的な政策は、多額の費用と時間を要したにもかかわらず、市民のニーズに十分に応えることができませんでした。また、危機対応における透明性やスピードの不足が、市民の不満や混乱を招いた大きな要因といえます。
これからの日本が台湾のような迅速で柔軟な対応を実現するためには、次のような教訓を学ぶ必要があります。
- 透明性と市民参加の確保
データの公開や市民のフィードバックを取り入れる仕組みは、政策への信頼を高める重要な要素です。
- 政府と民間の連携強化
公共の課題に対し、政府と民間の技術力を結集して取り組む姿勢が、迅速かつ効果的な解決策を生む鍵となります。
- 効率的で実用的なデジタルシステムの構築
短期間でコストを抑え、実際に機能するシステムを構築するためには、官僚的なプロセスを見直し、アジャイル的な開発手法を導入する必要があります。
デジタル政策が社会に及ぼす影響は大きく、今後の危機管理や公共サービスのあり方を根本から変える可能性を秘めています。台湾の事例を参考にしながら、日本も効率性と信頼性の高い政策を実現するための体制づくりを進めるべきです。
台湾が示した成功の道筋は、日本にとって極めて重要な学びの材料といえるでしょう。