外出先で急な雨に降られるたびにビニール傘を購入し、気がつけば使わない傘が自宅に何本もたまっているという方も多いはず。必要な時に傘を利用できるサービスがあれば、新しい傘を購入せずに済み、省スペースにもなります。
では、傘のシェアリングサービスは成り立つのでしょうか。本記事では、傘のシェアリングエコノミーの可能性について考えてみました。
傘の貸し出しサービスとしては、鉄道会社や市区町村等による無料のレンタルサービスはこれまでにもいくつかありました。
保有期間の過ぎた遺失物の傘や一般から寄付された傘などを駅に設置し、駅の利用者に無料で貸し出すというもので、名古屋市営地下鉄による「友愛の傘」や千葉県鎌ケ谷市による「鎌傘事業」、北海道函館市による観光客向けの傘の無料貸し出しサービスなどが挙げられます。
しかし、これらはいずれも、貸し出した傘が返却されないという問題に直面し、すでにサービス終了となっていたり実質的に利用不能な状態に陥っていたりするのが現状です。友愛の傘の場合、寄付で集まった12万本以上の傘が返却されていません(※1)。函館市の場合は、貸し出された傘1500本のうち、返却されたのは約400本にとどまります(※2)。
2007年には、処分予定のビニール傘の寄付を募り、渋谷の提携店で貸し出すという「シブカサプロジェクト」が立ち上げられました。シブカサは無料で借りられ、利用後に提携店に返却すると渋谷の地域通貨50円相当をもらえます。シブカサは、単なる傘レンタルではなく傘のシェアリングという概念を打ち出した点が画期的だったといえます。
すぐに捨てられてしまいがちなビニール傘を再利用することでゴミの削減を図り、傘の設置によって利便性を高めることで渋谷の街を活性化することを目指すユニークなプロジェクトでしたが、現在はサービスを終了しています。
傘の無料貸し出しサービスはとても便利なものですが、利用した人がきちんと返却するという性善説が前提となっており、利用者の善意頼みという点に弱点があります。
営利目的ではない無料の貸し出しサービスがいずれも奏功していないなか、ビジネスとしての傘のシェアリングサービスは可能なのでしょうか。
中国の傘シェアビジネスのスタートアップ「Sharing E Umbrella」では、サービス開始からわずか数週間で約30万本の傘が返却されていないという事態に陥りました。Sharing E Umbrellaはスマートフォンアプリでデポジット19元を支払うというシステムをとっていましたが、傘の返却にはつながりませんでした。
そもそも、モノのシェアリングビジネスは、所有するにはコストパフォーマンスが悪いものを使いたいときだけ使えるという場合に価値を発揮します。傘は誰でも1本は持っている上に、外出先で急遽傘が必要になるシチュエーションは限定的です。
さらに、どうしても必要な時は500円程度でどこでも簡単に購入できます。また、自動車の場合はニーズのある日時は個人によって異なるのでシェアが可能ですが、傘は急な雨のときにニーズが集中します。傘の本数には限りがあるため、一部の希望者しかサービスを受けられないというリスクもあります。
傘のシェアリングサービスでは、いかに返却率を高めるかという工夫に加え、傘は購入するより都度レンタルするほうが合理的だということを消費者に納得させる必要があります。
傘の無料貸し出しサービスのすべてが失敗しているわけではありません。
例えば、ダイドードリンコ株式会社が現在18都道府県で展開している傘の無料貸し出しサービス「レンタルアンブレラ」では、傘の返却率は70%と高い水準になっています。
ダイドードリンコの取り組みが成功している理由としては、レンタル傘のスタンドを自動販売機のすぐ脇に設置しているので利用者の目に留まりやすく返却しやすいこと、観光客の多い繁華街ではなく、通勤の途中で返却できるようオフィス街でサービスを展開していることなどが挙げられます。(※4)
2019年6月、福岡発の傘のシェアリングサービス「アイカサ」が東京・上野エリアでもサービスを開始しました。
アイカサは、LINEからミニアプリを起動し、傘のシェアスポットの場所と本数を確認した後、傘のQRコードを読み込めば暗証番号が表示され、傘を使えるようになるという仕組みです。
Sharing E Umbrellaのように利用時間に応じて課金するのではなく、定額制をとっているのが特徴です。1日70円で何時間でも使え、1か月420円で何度でも借りられるという料金設定に魅力を感じる利用者も多いのではないでしょうか。
アイカサではステッカーと傘スタンドを設置することにより盗難や紛失を抑止しています。提供する傘は、従来の無料サービスのように寄付で集められたビニール傘ではなく、自社で製造するロゴ入りの質の高い傘だという点も返却率アップに寄与しているでしょう。
アイカサは今後、渋谷の沿線を中心に対応エリアを広げ、2020年には傘を3万本まで増やすという目標を掲げています。
傘のシェアリングサービスをビジネスとして展開していくには、ただ雨が降った時に傘を借りられるサービスだとアピールするだけでは足りません。傘のシェアを当たり前のものにするためには、傘を持たないライフスタイルを提案し、広く根付かせていく必要があります。
従来の傘のレンタルサービスとシェアリングエコノミーを分けるものは、まさにこのようなライフスタイルの転換があるかどうかにかかっていると言えるでしょう。
ビニール傘の大量生産、大量消費の時代を経て、傘を所有せず手ぶらで出かけるというライフスタイルが定着していくか、目が離せません。
※1 https://mainichi.jp/articles/20161119/k00/00e/040/286000c
※2 https://www.bengo4.com/c_1009/n_4793/
※3 https://qz.com/1026797/chinese-umbrella-sharing-startup-sharing-e-umbrella-already-lost-all-300000-of-its-umbrellas/
※4 https://www.dydo.co.jp/corporate/3min/rentalumbrella/